泡盛の歴史~その1~

こんにちわ!アイエー住宅販売 長嶺です。激しい運動をすると必ずズボンが破れてしまう、あの長嶺です。最近のスーツの品質低下には困ったものです。決して、僕の体重増加が原因ではないとだけ付け加えておきます。

さて、今年も残すところわずかになりました。この時期になると忘年会で飲みの席が増えてきますよね。クリスマスの時期でもありますが、彼女がいない独り者の僕は、その話題には触れたくありません。そもそもキリスト教じゃないし!とか思ってしまいます。ええ。負け犬の遠吠えです(笑)脱線してしまいましたね。沖縄の飲み会と言えば泡盛です。ということで泡盛の歴史が気になったので泡盛について調べてみました。

泡盛の由来

まず、泡盛の由来についてですが、「泡盛」の名称が登場したのは1671年で、琉球王国の尚貞王から四代目将軍徳川家綱へ贈られた献上品の目録に「泡盛」の記録があり、これが「泡盛」という名称の初お目見えです。それ以前にも「泡盛」は贈られていたが、その時は「焼酒」、「焼酎」と記されていたそうです。

では何故「泡盛」という名前が付けられたかというと、いくつかの説があるそうなので紹介させていただきます。

粟説・・・元々、泡盛の原料に米と粟を使ったことから粟盛り→泡盛になった。

サンクリット語説・・・古代インド語のサンクリット語で酒のことをアワムリというそうです。それが伝来して泡盛になった。

薩摩命名説・・・徳川幕府への献上品として酒を贈る際、九州の焼酎と区別するために「泡盛」という名前をつけたという説

泡説・・・昔、蒸留仕立ての酒は、泡を立ててみることで出来がいいかどうか調べたのだそうです。その方法は、片手に茶碗や緒口を持ち、もう片手で酒を数十センチ上からその器にゆっくり落としていき、泡立ちを具合をみるというもの。いい出来具合であればあるほど、細かい泡が盛り上がり、泡が消えるまでの時間も長かったとか。このような習慣から、泡を盛る、泡盛という名前が付けられたという説。クリックすると新しいウィンドウで開きます

以上の4つの説があって、泡説が一番有力だそうです。というか薩摩命名説とか何で「泡盛」って名前になったのか説明されてないし…これについてはどれだけ調べてもわからなかったので、大人の対応でお願いします(笑)

いつから造られていたの?

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泡盛は約600年の歴史があると言われています。

琉球王国では泡盛の始まりを示す文書は残っていないようですが、1575年薩摩の島津に残る記録に、琉球から届けられた泡盛らしき記述があるそうです。その記録には琉球王国の使者が唐焼酎一甕、老酒一甕、焼酎一甕を携えて「60年前と同じ贈り物を持ってきました。」と言っていたそうです。つまり、1515年にも薩摩に贈られていて1515年に贈答品として用いられるほど泡盛造りが確立されていたなら、1400年代には既に泡盛は造られていただろうってことですね。

それ以前だと1456年の朝鮮の歴史書にも「首里城正殿の下層には酒を置く」とあるが、これは他国から輸入された酒なのか泡盛なのかがわからないみたいです。

沖縄の歴史は浅いと思っていましたが、案外、昔から泡盛は造られていたんですね。

まとめ?

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泡盛について、もっと色々、書きたいことがあったんですけど泡盛の名前の由来と始まりだけで終わっちゃいました。また次回、泡盛について書きますね。

ちなみに、僕は泡盛がというかお酒があまり好きではありません。お酒が弱いわけではないのですが、もっと太りそうな甘い飲み物が好きです(笑)うちの水野、親川、山入端あたりが酒好きですね。親川、山入端は酔うと手がつけられないタイプです。今度、泡盛について書いた時にそのエピソードも書きますね。もちろん本人には内緒です(笑)