牧志公設市場について

こんにちは!アイエー住宅販売那覇支店 長嶺です。

以前に那覇支店メンバーでダイエットをして、一月で10キロ落としたのですが、ものの数ヶ月で元に戻るどころか、それ以上にリバウンドしてしまいました。ダイエットの一番の敵はその期間が終了したときにくるリバウンドですよね。

話は変わりますが、僕はほとんどテレビを見ません。どのくらいみないかと言うと、つい最近、牧志公設市場が閉店したことを知りました。僕の中では今年一番のニュースですね。食いしん坊の僕としては、県民の台所と言われた牧志公設市場の閉店はかなりショックでした。という事で今回は、牧志公設市場について書いてみようと思います。

牧志公設市場の歴史

戦後の混乱の中、その歴史は闇市から始まったそうです。街の再建を目指すべく、焼き物の陶工たちが許可を得て販売を始めたものの、それとともに人々は生活を立てるべく自然発生的に闇市が誕生していきました。

 川沿いやさらに川の上にまでも店舗が並び、衛生的な問題も抱え、不法占拠状態であったこともあり、その整備が求められていたそうです。

それを解決すべ那覇市が1950年に長屋の公設市場を設立しました。

 しかしこれはもともと私有地であったことから、地主が返還を求めるなどトラブルが続き、1969年に移転用地に第二牧志公設市場を開設します。

 しかし実際のところ移転をスムーズに行うことができず、もともとあった旧市場を第一牧志公設市場と名称を変えて、存続することになりました。

 そしてその3年後の1972年、地主との交渉も進み、第一牧志公設市場が現在見られるかたちになりました。

公設市場のお店

公設市場に入っているお店は、それぞれが独立したお店となっています。戦後から代々受け継いでいるお店も多く、三代目、四代目と次の世代が受け継いでいる家族経営が多いことも特徴です。

 市民の台所として広く親しまれてきたが、商業施設が大型スーパーマーケットの開発が進み、お店の数は減少しつつあるそうです。

しかし、本土とは異なる沖縄の珍しい食材や食料品が手に入ることもあり、県外からの観光客や外国人たちからも人気を集めています。

 また公設市場周辺には、約700店舗ほどの小さなお店が並んでおり、沖縄の方言で市場を意味する「マチグヮー」を形成しています。

 商売人との会話を楽しめることも、この市場の醍醐味です。

市場内は新鮮で色鮮やかな魚や、豚の足(テビチ)やバラ肉(三枚肉)豚の顔の皮(チラガー)まで売られていました。その他ゴーヤーや島らっきょ、ヘチマなど沖縄の食文化に欠かせない食材がずらりと売られていました。1階市場には肉・魚介類・かまぼこなど、外周には野菜・果物などを商う店舗がひしめきあい、2階にある飲食店・土産物店・衣料縫製の店を合わせると総店舗数は128店(2010年2月現在)。
1階で買った食材を2階の食堂で調理してもらえるサービスもあり、毎月18日の「市場の日」には沖縄そばを安価で提供するなど、さまざまなイベントを開催していました。

まとめ

冒頭で僕の中で今年一番ショックなニュースと書きましたが、よくよく調べてみると、閉店は閉店ですが、移転に伴う閉店だそうです。6月16日に閉店した牧志公設市場ですが、6月17日から6月30日を移転・仮施設準備期間として牧志公設市場から徒歩3分の場所にある仮市場(旧にぎわい広場)に移転するそうです。7月1日からは仮市場で開業するそうです。そして、現在の牧志公設市場の場所はというと、今ある建物を建て替えて、再度、2022年4月1日にオープンするそうです。ショックに感じていましたが、そういうことなら逆に期待しちゃいます。もし、近くに行くことがあれば、移転前と移転後の違いを見てみるのも面白いですね。