国際通りについて

こんにちは!アイエー住宅販売

です。毎回、沖縄にまつわる何かをコラムにしているのですが、今回は何も思い浮かびません(笑)疲れてるんでしょうか?沖縄と言えば沖縄と言えば…国際通り?とか?でも国際通りのお店の紹介は、とっくに誰かやってるよな~、待てよ、国際通りのお店の紹介はやってても国際通り自体の紹介はまだだれもやってないのでは?うむ、我ながら名案です。という事で今回は国際通りについて書きます。

奇跡の1マイル「国際通り」

国際通りは、那覇空港から15分ほどの場所にある沖縄観光の入り口ともいえる場所で、那覇市の県庁北口交差点(パレットくもじ前交差点)から安里三差路にかけての約1.6kmの通りの名称です。戦後の焼け野原から県下でいち早く復興をとげたこと、長さがほぼ1マイルであることから、「奇跡の1マイル」とも呼ばれています。沖縄県で最もにぎやかなとおりであり那覇最大の繁華街になっています。

国際通りの歴史

1933年(昭和8年)に旧那覇市中心部と首里市を最短距離で結ぶ県道として整備され、「新県道」と呼ばれていました。郊外の一本道で、人家は少なく畑や湿地帯が広がっていたそうです。沖縄戦後、米軍によって従前の那覇の中心地(現在の那覇市西・久米・辻付近)が接収されてしまい、人々は行き場を失っていました。まず、壺屋地区の窯業業者たちが産業復興を名目として入市し、続いて牧志地区の瓦職人たちも入市が認められました。ほかの人々もみな窯業関係者や職人の親戚縁者を名乗って市内に入り始め、壺屋から牧志にかけてのガーブ川周辺や新県道近くに居ついて自然発生的に闇市が広がったそうです。

その後、デパートなどの大店舗が集まる繁華街に発展したが、地域の繁華街としての役割は次第に周辺部へ移行し、大型ショッピングセンターは駐車場を確保できる郊外に、生活に密着した店舗はその裏通りの平和通やその周辺に移行しました。国際通りの方は、その名が著名になるにつれ、観光客が増え、観光客向けの店舗が増加します。那覇新都心など周辺地域の開発もあり、現在では沿線事業者の大部分は土産物店や有名飲食店、ホテルなどであり、ほとんどが観光客向けの通りの様相を呈しています。また、同系列の店舗で2号店・3号店などが同じ通り上に乱立しています。

「国際通り」という名前の由来

国際通りという名前の由来は、戦後国際通りのほぼ中央付近(現在のてんぶす那覇付近)に「アーニーパイル国際劇場」という映画館があったことからこの通りの名前がついたそうです。

トランジットマイル

トランジットマイルとはトランジットモールと「奇跡の1マイル」をかけた造語で、国際通りで実施されるトランジットモールの通称です。国際通りをトランジットモール化しようという構想があり、これまでに何回か実験が行われてきたそうです。「トランジットマイル」の名称で実験されていた時期があるが、現在は「トランジットモール」が正式名称となっています。

 

2007年(平成19年)2月11日から定期的に実施されるようになり、同年4月1日から本格導入。国際通り全体の内、県庁よりの約1.3キロ(県庁北口交差点-牧志駅前)に対して実施され、日曜日の12:00-18:00の間は許可された車両(区域内に車を所有する人)以外は通行できなくなりました。実施時間内は低速バス(那覇バスの10番・牧志新都心線)が運航されている。

まとめ

今回は国際通りについて書きました。沖縄県民でも「奇跡の1マイル」や「トランジットマイル」などしらない人がほとんどではないでしょうか?

正直、僕としては国際通りに行くことはほとんどないので「ふーん…」って感じでしたが(笑)たぶん沖縄好きな本土の人の方が行ってると思います。同じ思いの方は多いと思います。人は多いし、観光客向けなので全体的に高いですよね?

ただ、コラムを書いてて沖縄県民として国際通りについてもっと知りたいと思いました。色々なお店があるので、国際通りの情報を仕入れて本土の方を案内できるようになりたいですね。