沖縄の偉人!~尚巴志~

こんにちは!アイエー住宅販売 長嶺です!今年からダイエットを始めましたが、ダイエット開始して半月経ったのに人生最大の体重を記録してしまった長嶺です。なんで?体重計の故障か?いまだに原因は謎に包まれています。でも、寒いとお腹空きますよね?お昼食べても、二時間後にはお腹の虫が悲鳴を上げてしまいます。「おじーちゃん!お昼ご飯はさっき食べたでしょ!」と自分のお腹に言い聞かせています。

さて、そんな長嶺ですが、実は戦国時代限定で歴史が好きだったりします。結構、同じ思いの方は多いのではないでしょうか。僕が戦国時代の歴史が好きになったのは、某無双ゲームのおかげだったりします。「敵将っ!討ち取ったり~~っ!」が止まらない。面白いですよね。脱線してしまいました。よく考えたら沖縄の歴史についてはまったく知らないな~。沖縄には有名な偉人?とか戦国時代みないな歴史ってないのかな~。と思い調べてみました。

沖縄の戦国!三山(さんざん)時代!

沖縄の歴史について調べたらすぐに三山時代が出てきました。というか沖縄はあまり歴史がありませんでした(笑)という事で三山時代について説明させていただきます。

三山時代は琉球時代区分の一つで、1322年ごろから1429年のことだそうです。この時代には各地を治める按司(領主のようなもの)がいましたが、按司を束ねる強力な王が出てきます。14世紀には三つの国にまとまります。北部の北山、中部の中山、南部の南山の三国です。三つの王統が同時に存在し、それぞれが中国と交流しています。その時代を三山時代と言い、この時代が100年ほど続きます。

お~!なんか面白そう!戦国で言う甲斐の虎 武田信玄、越後の龍 上杉謙信、相模の獅子 北条氏康みたいなものかな?三山無双とか発売したら売れないかな?売れるわけないか。というか発売するわけないか。でも想像が膨らみますね。

尚 巴志王登場!

そんな三山時代を終わらせたのは、沖縄県民ならだれでも知ってる、あの尚巴志です。南山国の佐敷按司の父・思紹と母・美里子の間に生まれた巴志は21歳の時に父の後を継いで佐敷按司になります。

1406年中山王の武寧を攻撃し、武寧の察度王統を滅亡させます。首都を浦添から首里に遷し、父を中山王にします。父を武寧の子供という事にして中国との交流は続けていたそうです。

1416年北山国を討伐し、次男 尚忠を北山監守として北の抑えとします。

1421年父・思紹が亡くなり、父の後を継ぎ中山王になります。

1429年南山王、他魯毎を滅ぼし、遂に巴志が三山を統一します。その後、交流のあった明の皇帝から琉球の国号と尚という姓を賜り尚巴志と名乗ります。その他、首里城を王城と定め城の拡張。那覇を港にし他国との交流を深めたり、政治に交流のあった明の人を多く関わらせて、のちの琉球王国の基礎を作りました。

簡単に尚巴志の説明をさせていただきました。つまり、沖縄を統一した人ってことですね。ざっくりしすぎ?

まとめ

どうですか?沖縄県民なら誰でも知ってる尚巴志ですが、何をした人か知らない人も多いのではないでしょうか。(もしかして、知らない人の方が少数派?)沖縄の偉人だと阿麻和利や護佐丸も有名です。僕も聞いた事はありますが、何をした人なのかはさっぱりです(笑)その辺も掘り下げてみると面白そうですね。

ちなみにネットで尚巴志を調べると、尚巴志マラソンがかなりヒットします。尚巴志マラソンは佐敷按司だった尚巴志にちなんで佐敷からスタートして南城市を一周するハーフマラソンです。いやいや、那覇マラソンを5㎞でリタイアしたのにこんな事を調べてもな~と思いましたが、なんと!尚巴志マラソンには3㎞コースもあるんです!(笑)僕の尚巴志マラソンデビューは近そうですね。