タコライス専門店キングタコス!!~その2~

こんにちは!アイエー住宅販売です。

前回はキングタコスについてコラムを書きましたが、全然、書き足りなかったので、今回もキングタコスについて書きます。

タコライス誕生!!

まずはタコライス誕生までを調べてみました。

キングタコス創業者の儀保松三さんは基地の近くの街を転々としながら、米兵向けのバーを営んでいた。ただ、米兵同士のケンカがある度に、off limits(立ち入り禁止)になってしまって、商売あがったりの繰り返しだったそうです。そんな折、キャンプ・ハンセンが誕生すると、こぞって金武町でも商売を始める人が増加。1984年、儀保さんも元中華料理屋の店舗を借りて商売に乗り出しますが、後発だったため、何か新しい物を提供しないと、という思いがあったんだそうです。

お金に余裕のない若い米兵にもお腹いっぱいになってもらえるよう、「安くてスピーディーに満腹になれる料理」を考えたそうです。

そこで考案されたのが当時、基地でも提供されていた「タコス」をヒントにした「タコライス」英語が出来なくても「タコ&ライス」は説明がしやすかったんだとか。

得体の知れない料理は、はじめ周りからもバカにされたそうですが、徐々に売れ出してくると、周辺のお店もタコライスを真似するように。ですが、儀保さんは「カレーライスみたいなもんだから」と、商標登録しなかったそうです。

元々の店舗名は「パーラー千里」だった!

元々の店舗名は「パーラー千里」だったそうですが、物件が契約更新できないかもしれない事態になり、同じ金武町内に新しい物件を契約。その際、「お店の名前に負けないように、いつまでも頑張ってタコライスを作ろう!」と命名されたのが、新店舗「キングタコス」です。

ちなみにタコライス初出店の店舗は、元の中華料理屋「千里」にちなんで、「パーラー千里」と名付けられた。結局、契約は更新できたので、2015年までは金武町に「キングタコス」と「パーラー千里」の2店舗があったそうです。「パーラー千里」は2015年6月末に人員不足により閉店。

こうして安くて美味しくて満腹になれる料理として、米軍や観光客に評判を呼んだタコライスは、徐々に市民権を得ていったのです。

今では日本に留まらず、ニューヨークやロス、フロリダでも提供されているというタコライス。店舗の出店依頼の話も多いそうですが、県外に出店する意向はないそうです。

こうしてタコライスの生みの親である儀保松三さんは、2015年、85年の人生に終止符を打たれました。現在はお孫さんの島袋 小百合さんが2代目の社長を引き継いでいます。

ちなみに「キングタコス」を経営する有限会社メランジェですが、同時に「盆栽カフェゴールドホール」も経営されているようです。ちょっと面白かったのでそちらも紹介させていただきます。

鍾乳洞・盆栽庭園&CAFE ゴールドホール

鍾乳洞・盆栽庭園&CAFEゴールドホールはその名の通り、鍾乳洞と盆栽庭園を併せ持つカフェになります。全体の敷地面積は2000坪と広大で、入店料を支払い入店するとマップが手渡され、店内を見て回る事が出来ます。

入口のカフェエリアを抜けると鍾乳洞エリアに入ります。天然の鍾乳洞をそのまま生かしたスペースで、美しい流木や鉱物などが所狭しと飾ってあり、まるで博物館のようだとか

キングタコスの創業者 儀保松三さんは1960年代からこの場所を観光資源に育て沖縄の盆栽を守っていきたいという夢をもっていたそうです。

鍾乳洞エリアを抜けると野外エリアに出ます。コース内には民家があり、こちらはカフェとして開放する以前に、実際に儀保松三さんとご家族が暮らしていたそうです。

そして盆栽エリアで琉球松をはじめ、ハイビャクシンなどがあり、多くの盆栽を鑑賞することが出来ます。

散策の後にはカフェでドリンクを飲みながら休憩したり、キングタコスのタコライスを食べる事が出来るそうです。